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大阪高等裁判所 昭和62年(け)9号 決定

主文

本件異議の申立を棄却する。

理由

本件異議申立の趣旨は、弁護人野村克則ほか二名作成の異議申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、被告人は、昭和六二年六月一七日大阪地方裁判所堺支部において、業務上過失傷害被告事件につき有罪の判決を受けたものであるが、右判決後、被告人の母甲野春子が被告人の法定代理人親権者として弁護士野村克則を被告人の弁護人に選任し、同弁護人において右判決に対し控訴を申し立てたところ、原決定は、口頭弁論を開くことなく、同弁護人には控訴を申し立てる権限はなく、右控訴の申立は法令上の方式に違反したものであることが明らかであるとして、これを棄却したが、右は審理不尽による誤つた判断であることが明らかであるから、原決定は取り消されるべきである、というにある。

そこで、所論にかんがみ、記録を検討し、以下のとおり判断する。

一本件異議申立書一の主張について

所論は、本件において、前記弁護人野村克則は実質的には被告人の選任を受けているというべきであるから、形式的に法定代理人親権者が選任したからといつて、その選任を無効と解すべきではないという。

しかし、たとえ被告人と右弁護人野村との間に本件弁護についての委任契約等が締結されていたとしても、弁護人の選任は、公訴の提起後は、書面を裁判所に差し出して行わなければならないものであり(刑事訴訟規則一八条)、被告人を選任者とする右書面が本件控訴の提起期間内に裁判所に提出されていないことは、記録上明らかであるから、右弁護人野村が被告人により選任された控訴の権限ある弁護人であるということはできない。

二同二の主張について

所論は、民法七五三条の「未成年者が婚姻をしたときは、これによつて成年に達したものとみなす。」旨の規定は、刑事訴訟には適用がないと解すべきであるので、被告人が婚姻をしたとしても、未成年者である限り、その母である甲野春子に法定代理人としての上訴権が認められるべきであるという。

しかし、刑事訴訟法三五三条の法定代理人の意義は、民法の定めるところによると解すべきであり、民法七五三条の立法趣旨からして、刑事訴訟において、被告人が婚姻をしても、なお未成年者として取り扱うべき特別の理由もないので、所論は失当というべきである。

三同三の主張について

所論は、原判決後に選任された弁護人も刑事訴訟法三五五条の「原審における弁護人」に該当し、上訴をすることができると解すべきであるという。

しかし、右「原審における弁護人」は、原判決前に選任された弁護人に限ると解すべきである(最高裁判所昭和二四年一月一二日大法廷判決・刑集三巻一号二〇頁など参照)ので所論は失当というべきである。

四同四の(一)の主張について

所論は、原判決後被告人の選任した弁護人は、非独立的固有権者として上訴権を有するという。

しかし、被告人を選任者とする弁護人選任届が本件控訴の提起期間内に裁判所に提出されていないことは、前記のとおりであるから、本件において、被告人により選任された控訴の申立権限を有する弁護人が存在しなかつたことは明らかである。所論は失当である。

五同四の(二)の主張について

所論は、被告人の母により原判決後選任された弁護人も上訴権を有するという。

しかし、右のような弁護人に控訴を申し立てる権限がないことについては、原決定が説示するとおりであつて、当裁判所もこの見解を相当と解するので、所論は採用することができない。

六同五の主張について

所論は、本件弁護人選任届には、「被告甲野太郎法定代理人親権者母甲野春子」と記載してあり、右は被告人とその母甲野春子の連名による選任届とも解されるという。

しかし、右記載は、甲野春子の選任の意思を表示したものと解すべきであり、被告人の選任の意思をも表示したものとは解されないので、所論は失当である。

以上のとおり、各所論はいずれも採用の限りではなく、他にも本件につき適法な控訴申立がなされた形跡を記録上発見できないので、本件弁護人野村克則が本件控訴申立の権限を有さず、同弁護人のした本件控訴申立は明らかに法令上の方式に違反した不適法なものであるとして、本件控訴を棄却した原決定は正当であるというべきである。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法四二八条三項、四二六条一項後段により、主文のとおり決定する。

裁判長裁判官梨岡輝彦 裁判官田中清 裁判官久米喜三郎

《参考・第二審決定》

〔主   文〕

本件控訴を棄却する。

〔理   由〕

記録によれば、被告人は、昭和六二年六月一七日大阪地方裁判所堺支部で本件業務上過失傷害被告事件について有罪判決の言渡を受けたが、同月一八日被告人の母甲野春子が被告人法定代理人親権者として弁護士野村克則を被告人の弁護人に選任し、同日同弁護人が被告人のために右被告事件について原裁判所に控訴を申し立てたこと、被告人は、昭和四三年一二月七日に出生した未成年者であるが、昭和六一年一二月一一日乙山花子と婚姻してその旨の戸籍届出をしていることが明らかである。

右事実によれば、被告人は右婚姻の届出がなされた昭和六一年一二月一一日をもつて成年に達したものとみなされ(民法七五三条)、母甲野春子の親権に服さなくなつた結果、同女は右弁護人選任当時既に被告人の法定代理人たる地位を喪失しており、従つて同女が右法定代理人たる資格においてなした弁護人選任は、被告人のためにその効力を生じないものであつて、その選任にかかる弁護人には被告人のために控訴申立をする権限がなく、また右弁護人選任が被告人の直系の親族たる資格においてなされたものと解しうる余地があるとしても、みずから被告人のために控訴申立をする権限を有しない被告人の直系親族が第一審判決後に選任した弁護人には、被告人のために控訴申立をする権限がないと解されるから(最高裁昭和四四年九月四日第一小法廷決定・刑集二三巻九号一〇八五頁参照)、いずれにしても、弁護人野村克則がした本件控訴申立は、明らかに法令上の方式に違反した不適法なものといわなければならず、他にも本件につき適法な控訴申立がなされた形跡を記録上窺うことができない。

よつて、刑訴法三八五条一項により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官大西一夫 裁判官濱田武律 裁判官谷村允裕)

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